横浜地方裁判所川崎支部 昭和43年(ワ)272号 判決 1968年10月14日
理由
一 本件本訴、反訴を通じて、当事者が争点とするところは、微細な点をしばらくおけば、
(一) 訴外飯島伊三郎に対する累計金一六〇万円の貸付が、原告(反訴被告)によつてなされたものか、または訴外中村新太郎によつてなされたものか。
(二) 被告(反訴原告)は、その所有にかかる本件建物を訴外飯島の原告、訴外中村いずれに対する債務の担保に供することを承諾したのか。
(三) 被告が承諾した右担保の内容は、抵当権の設定にとどまるか、または停止条件付代物弁済契約をも含むか。
(四) 本件停止条件付代物弁済契約が被告の承諾にもとづかないで締結されたものとしても、それについて表見代理の成立が認められるかどうか。
の四点であるものということができる。
二、争点(一)は、本件勝敗を左右する基本的な問題ではあるが、もともと訴外飯島伊三郎と原告との間において争われるべき問題である。よつて、ここでは、争点(一)をしばらくおいて、争点(二)以下について検討を加えることにする。
三 証人飯島ナミヨの証言および被告本人尋問の結果によれば、被告は、訴外飯島伊三郎の妻ナミヨから伊三郎が訴外中村新太郎より貸付を受けるにつき被告の所有にかかる本件建物を担保として利用させて欲しい旨の依頼を受けてこれを承諾し、ナミヨに対し右担保提供に必要な本件建物の権利証および被告の実印を交付した事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。
《証拠》によれば、被告は、従前、伊三郎のために計八回にわたり、同人の訴外川崎農業協同組合に対する債務につき、本件建物の上に抵当権設定、所有権移転仮登記、賃借権設定仮登記をしていること、前記ナミヨに権利証を交付した際、右農業協同組合に対すると同一の形式により本件建物を担保に提供することを承諾したことを認めることができるから、被告による右担保提供の承諾には、所有権移転仮登記を伴う形式のもの、すなわち停止条件付代物弁済契約の締結を含むものと解するのが相当である。
四 原告は、訴外飯島伊三郎を被告の代理人として、同人との間に本件建物に関し停止条件付代物弁済契約を締結したと主張するのであるが、仮にその主張のような契約締結の事実があつたとしても、右に認定したように、被告は伊三郎の訴外中村新太郎に対する債務の担保として本件建物につき停止条件付代物弁済契約を締結することを承諾したにすぎず、他に被告が伊三郎に対し同人の原告に対する債務の担保として本件建物につき停止条件付代物弁済契約を締結する権限を与えたことを認めるに足る証拠はないから、結局原告主張の停止条件付代物弁済契約は、代理権限のない者との間に締結されたこととなり、被告に対して効力を生ずるによしないものであるといわなければならない。
五 原告は、前記停止条件付代物弁済契約の締結にあたり、伊三郎が原告に対し、本件建物の権利証、被告の実印、その印鑑証明書を提示して、被告より本件建物につき抵当権設定、代物弁済契約締結等の承諾を得ている旨言明し、かつ右権利証によれば被告が伊三郎のため同人の川崎農業協同組合に対する債務につき数次にわたり抵当権設定、所有権移転仮登記、賃借権設定仮登記をしていることが認められたので、右伊三郎の言を信じて前記停止条件付代物弁済契約を締結したものであつて、原告が右のように信じたことには正当な理由があると主張する。
たしかに、一般の正規の金融機関による貸付取引においては、債務者が第三者の所有にかかる不動産につきその権利証と所有者の実印を持参して所有者からこれを担保に差入れる承諾を得ている旨を述べ、かつ右権利証上所有者が過去においてその債務者のため当該不動産を担保に差入れた事実が認められる場合には、貸主において債務者が所有者を代理して当該不動産を担保に差し入れる権限があると信ずるにつき正当な理由があるものといつてよいであろう。
しかしながら、本件貸付取引は、原告本人の供述によれば、一般金融機関の金利はもとより、利息制限法の制限をもはるかに超える月五分の高利をもつて行なわれたというのであるから、経済的弱者の窮迫に乗じて暴利をむさぼるかかる市井の高利貸付については、その債権者のために取引の動的安全を保障するよりも、むしろ担保提供者のためにその財産の静的安全を保護する必要が強いものというべきである。したがつて、債権者は常に担保提供者につき真実これを担保に供する意思を有するや否やを確める努力を尽すべく、これを怠るときは特段の事情のない限り表見代理の法理による保護を受けることができないものと考えるのが相当である。
これを本件についてみるに、原告本人の供述によれば、原告は被告につき真実本件建物を原告に対して担保に提供する意思を有るや否やを確かめなかつたというのであり、また原告の主張によれば、前記権利証によつて被告が正規の金融機関たる川崎農業協同組合に対する伊三郎の債務につき本件建物の上に抵当権設定等の登記をした事実を認めたというにすぎず、これをもつてしては被告が伊三郎に対し本件建物を原告に担保に供する承諾を与えたものと原告において信じたことにつき正当な理由があるものということはできないから、結局本件停止条件付代物弁済契約について原告主張の表見代理の成立を認めることはできないものといわなければならない。
六 原告(反訴被告)が本件建物につき被告(反訴原告)主張のような所有権移転登記をしたことは当事者間に争いがなく、右所有権移転登記が前記停止条件付代物弁済契約にもとづく代物弁済を原因としてなされたものであることは本訴において原告の自認するところであるが、前認定のように右停止条件付代物弁済契約が被告に対しては効力のないものである以上、右登記も原因を欠く無効なものといわなければならない。
七 以上に認定したところによれば、前記代物弁済を根拠として被告に対し本件建物の明渡を求める原告の本訴請求はその余の点を検討するまでもなく失当であり、前記所有権移転登記の無効を主張してその抹消を求める被告(反訴原告)の反訴請求は正当である。
八 よつて、原告の本訴請求を棄却し、被告の反訴請求を認容(以下省略)